中国には昔から「民は食を以て天と為す」ということわざがあります。国民性と言っていいほど、食事に対してのこだわりが人一倍に強いのです。それは、介護施設の食事にも反映されています。食事の栄養バランス、味、種類などが、その施設の評判を左右する最も重要な要素となっているのです。
2019年に、ある調査機関が高齢者とその家族に対して、施設を選ぶ際のポイントなどのアンケートを行いました。その結果、①食事、②医療体制、③レクリエーションの内容という順になりました。
入居前の施設見学の際も、関心を持たれるのが献立です。施設は入居率を上げるため、見学に来られるお年寄りと家族に、昼食やおやつなどを出しています。高級施設であっても、中間層向けの施設であっても、食事の質に力を入れています。一週間の献立はまず重複することはありません。
その上で、栄養バランスや家庭料理の味などを吟味しています。特に旬のものを意識して使うのが特徴です。例えば、春には筍やそら豆、秋になると、里芋やかぼちゃなどの食材がよく使われています。旬のものが体に一番良いというのが昔から伝わっている「医食同源」の文化からです。
そして、中国の多くの施設は、入居者の食事量は特に決められておらず、食べたい分だけ自由におかわりできます。最近、バイキング形式をとる施設も増えてきています。ゆえに、日本の高齢者より、中国の高齢者の方が太っているように見えます。
一方、在宅の高齢者に対しては、各地の政府が補助金を出し、民間に委託するという形で、高齢者食堂を整備しています。なかでも「社区(コミュニティ)食堂兼配膳センター」が近年猛スピードで増えています。上海では現在その数は1,000カ所に達していて、毎日約10万人の高齢者が利用しています。1日1食もしくは2食を提供し、食堂内で食べてもいいし、持ち帰りもできます。食堂まで来られない高齢者に配達のサービスも行っています。中国では冷めたご飯を食べないため、保温のボックスに入れて届けます。老夫婦の家庭や一人暮らしの高齢者には大変歓迎されるサービスとなっています。
しかし、いったん高齢者に嚥下障害が始まれば、状況は一変します。最初はおかずをミキサーで細かくしてペースト状にしたり、毎食お粥だったりしますが、段階的に半流動食や流動食に変わり、最後に経管栄養に切り替わります。ゆえに、中国の介護度の重い多床室に入れば、ベッドで寝ている殆どの入居者が経管栄養の状態であることがわかります。
問題は、多くの施設や現場のスタッフが、これを問題視していないことです。今でも、SNSなどでは、彩のよい野菜や果物をジュースにして、管に注射器で注入する場面を「良いサービス」として宣伝している施設は珍しくありません。
日本の施設を見学した中国の介護事業者の経営者や幹部らは、日本の「介護食」にはいつも驚き、感動します。例えば、日本の施設では、できる限り最後まで口で食べてもらうようにいろいろな工夫をしています。まず、口腔ケアを定期的に行います。
食事は入居者の健康状態に合わせて、何種類も揃えます。介護食を研究した専門の栄養士がバランスの良い献立を考えるだけではなく、食材の柔らかさ、色、形などの見た目まで工夫して、味も重視されています。
ゆえに中国の見学者が試食して、「見た目は普通の食事と同じですが、口に入れるとすぐ溶けてしまう、しかもとってもおいしい」と驚き、「盛り付けがとてもきれい、食欲をそそられます」と感想を述べ、大変感動するのです。さらに、いつも「これはどうやって作るのですか?」と興味津々で聞かれます。
中には、施設の人から作り方を聞くだけで満足せず、書店で「高齢者ソフト食」などの書籍を買って帰る人もいます。
中国は2019年末の統計では、60歳以上の高齢者(中国の高齢者の定義は60歳以上)の数が2.54億人、人口の18.1%を占めています。要介護(日本の要介護2~5相当)の高齢者が4,500万人、長年実施してきた一人っ子政策が、少子高齢化を加速させ、深刻な社会問題となりつつあります。政府はさまざまな対策や優遇政策を打ち出して、企業の介護市場への参入を促しています。そのため、介護施設の数が急増し、ハードもソフトもめまぐるしく進化しています。
特にハードに関しては、施設の外観や内部の装飾、設備など、見た目の豪華さは、はるかに日本を追い越していると言えますが、最近では見た目ばかりを追求する風潮はだんだん薄れ、サービスの中身を重視する介護事業者が増えてきています。日本の、個人の意思尊重、認知症ケア、リハビリ、介護食などの介護理念が特に注目されています。
口から食事をとることが、尊厳のある人生を最期まで送ることにつながると認識されつつあります。中国もこれから意識を変えつつ、精神的にも「おいしい食事」を高齢者に提供できる日がそう遠くないと思います。そのためにも、日本と中国との継続的な交流がとても大事だと感じるこの頃です。